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コンクールと私 その17

3度目の全国大会は、連弾だったので、本番に向けての練習はあまり差し迫った雰囲気はなく、和気あいあいと進みました。
とは言っても、地区本選までの様子から、なんだかんだ言いながら、先生も、僕ら2人も、全国金賞を狙っていたので、レッスン自体はかなり細かい指示が出されました。
同じ高校に通っていたので、毎日のように昼休みに音楽室で合わせ練習を行い、仕上がりも上々。自信を持って東京に旅立ちました。
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コンクールと私 その16

高2で受けた2度目のデュオ(連弾)部門、地区本選の課題曲はブラームスのハンガリー舞曲第4番でした。
この曲は、4分くらいの中で、次々と色んな曲想が出てきて、その移り変わりが楽しい反面、オーケストラのような重厚感を表現するのが難しい曲です。
加えて、この曲は、多くの部分で、パートナーとの腕の交差があり、高校生だった私は、毎回緊張していました。夏場の練習で、半袖を着た時に、汗ばんでいたら嫌われないかな、とか。思春期だけに、色々と考える事も多かったです(笑)
そんな苦労もありながら、ステージでは練習の成果を発揮し、2位で通過。前年の雪辱を晴らし、全国大会への出場権を得ることができたのでした。

コンクールと私 その15

実は、ソロ部門では、中3あたりから、課題曲が難しくて、入賞や全国を見据えた自由な演奏をするためにはかなり苦労してきました。
学生時代で最後に受けた高2のコンクールでも、課題曲となったシューマンのソナタがテクニック的にとても難しく、ギリギリまで悩み続けました。
僕は手がとても大きいので、音が飛ぶ曲では有利なはずなのですが、この曲に至っては、右手も左手も自分の手の大きさ以上に、オクターブ以上の跳躍で鍵盤のあちこちを弾かなければならなかったので、はずさないように、楽譜に書いてあるとおり弾くことがなかなかうまくいきませんでした。
それでも、地道な練習を続けた結果、本番3日前くらいになると急に覚醒したように弾けるようになり、ステージ上でも、練習の成果を発揮し、納得のいく演奏ができました。
結果は前年に続き全国行きの次点である全道奨励賞。全国行きにはならなかったけれど、レベルの高い曲を、自分のイメージしていたものに近い演奏で終われたことは、学生時代のコンクール出場を総括するにあたって、収穫の大きいものとなりました。
これで、残るは前年の雪辱を晴らしたい、デュオ部門のみとなりました。

つづく

コンクールと私 その14

1年前の雪辱を誓い、臨んだデュオ部門。
地区予選では、ビゼーの「子供の遊び」より、「小さな旦那様、奥様」と「舞踏会」の2曲を弾きました。
かわいらしい題名とは裏腹に、メロディーのうたわせ方とバランスの取り方が難しい曲と、テンポが速く一度ずれると取り返しのつかない危険性のある曲の組み合わせで、完成度を上げるのにかなり苦労しました。
本番でも、タイミングが合わなかったり、軽快なイメージが出せなかったりと、かなり冷や汗物でしたが、
運よく地区本選に進出することができました。
ソロ部門でも、予選を通過し、2年連続2部門での地区本選への挑戦になりました。

コンクールと私 その13

デュオ(連弾)とあわせて受けたソロ部門。
前年の教訓を生かし、しっかりと準備をして地区本選へ。
初めての2部門挑戦ということで、どちらも中途半端にしたくないという気持ちが強くありました。
ただ、高1ともなると、音楽での進学を目指す子がほとんどになることから、
それまでに感じなかった緊張感でステージ裏の空気は張りつめていました。
ステージに上がっても、気持ちの整理がつかないまま演奏を始めてしまいましたが、2曲目になる頃には自分の演奏を客観的に聴きながら弾くことができました。
結果は奨励賞。全国大会枠の次点のような位置づけです。
これで、高校1年生で挑戦した2部門とも、全国にあと一歩届かぬ所で終わってしまうことになりました。

コンクールと私 その12

高校生になり、ソロとあわせてデュオ(連弾)部門を受けることになりました。
ペアを組んだのは、私がピアノを始めた時から同じ教室に通う同じ歳の女の子。
彼女とは小学1年生以来、連弾をしたことはありませんでしたが、いざ練習を始めると、息がばっちり!さすが、同じ先生の門下で10年間も習ってきただけあります。周りからも、全国進出は堅いと言われ続けました。
地区予選は無事通過、札幌での地区本選へ意気揚揚と臨んだのですが・・・
まさかの3位。全国進出枠は2組。
僕たちの演奏を聴いていた誰もが、少なくても上位2位には入る演奏をしていたと言ってくれたのですが、
結果は結果。受け入れなければなりません。
1位を取ったペアを教えている方が、審査員にいたとかいないとか・・・。
とにかく、かなり狙っていたのですが、願った結果を得ることなく、高1の夏は終わってしまったのでした。
帰りのJRで、「悔しい・・・」パートナーのつぶやきを聞いた私は、誰にも文句のつけようのない演奏でもう一度チャレンジしようと決めたのでした。

コンクールと私 その11

中3の時、地区予選を通過できませんでした。
緊張はしていましたが、特別悪い演奏でもなかったのに、どうして?
当時の地区予選の通過ラインは、審査員の平均点が10点満点のうち7.8以上で、参加者の3割程度でした。
その時の私の審査平均点は8.2くらいだったと思います。点数的には十分でしたが、
その年は上手な子が多く、結果、3割程度の枠に入れませんでした。
毎年コンクールを受け続け、色々情報が入りやすくなっていたことで、
このくらいやれば大丈夫だろうと無意識にたかをくくっていたのでした。
学生のうちで、このコンクールで地区予選通過できなかったのはこの一度きり。
自分にとっては、高校に上がる前の良い勉強になったと思っています。

コンクールと私 その10

コンクールで好成績をあげた私は、中学校の全校集会で表彰され、一曲弾かせてもらうことになりました。
課題曲となった4曲は、クラシックを聴かない人にとっては、聴きなじみの無い曲ばかり。
選曲に大変悩みましたが、結果、ハイドンのソナタを弾きました。
コンクールの時とは違い、大勢の、しかも自分がいつもかかわっている友人や先生方の前での演奏だったので、楽しんで弾けました。この時だけではありませんが、自分にとって、ピアノを続けてきた理由の一つは、こうやって、自分の演奏を通して、身近な人に喜んでもらえることが大きかったと思います。
つい最近、当時お世話になっていた先生からうかがったのですが、この演奏の後、しばらくの間、私は職員室で「ブーニン」と呼ばれていたそうです。
ちなみに、ブーニンは、ショパン弾きとして有名なので、ハイドンではないのですが・・・(笑)

コンクールと私 その9

2回目の全国大会は、地区本選で北海道1位を取ったことで、もしかしたらこのままいけば、決勝でも好成績に食い込めるかも?という気持ちで取り組みました。とんだ下心ですが、入賞に強いこだわりを持った初めての時だったかもしれません。
また、演奏に対して、自分がどう弾きたいか、主張が強くなってきた頃でもありました。
そのため、レッスンも、それまでとは違い、あまり怒られた記憶がありません。こう弾きたいのだけれど、どうしたら良いでしょうかと、積極的に質問をぶつけていたような気がします。
そんなわけで、バッハのトリル以外はほぼ完璧に仕上げて本番にのぞみました。
結果は、金銀銅と奨励賞に次ぐ、ベスト11賞をいただくことができました。少し残念ではあったけど、前回同様、入賞できただけでも良かったと思い、中学二年の夏は終わりました。

コンクールと私 その8

中2の時、北海道の中2以下の部門で1位になり、全国大会へ進みました。
今はどうかわかりませんが、この頃は、弾いたその日には入賞したことしかわからず、全日程の最終日にあらためて順位が発表されるという方式だったので、私は1位だったことを、先生からの電話で知りました。
普通、ピアノを習わせている家庭なら、入賞が決まった時点で、何がなんでも表彰式に行くところなのに、
私の場合は、通っていた塾の夏期講習でミニテストを受け、図書券をもらうことの方が大切で、札幌には行かず・・・。
本人不在だったため、結果を聞きに行っていた同じピアノ教室の子が色々受け取ってくれました。

当時は、事の重大さに気付いていませんでしたが、何事も1位なんてなかなか取れるものではなくて、表彰される機会を自ら放棄したって、すごく勿体無いことをしたなーって思います。
もう一度1番を取りたくて、その後も毎年コンクールに挑戦しましたが、
二度と快挙に恵まれることはありませんでした。
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じゅんじゅん

Author:じゅんじゅん
音楽と食べ物をこよなく愛する、ちょっとおまぬけな30代です。

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